【連載】私の岸本区政日誌(3)「岸本区政、その理念と現実の落差」
- 吉田洋(杉並区民)
- 2 日前
- 読了時間: 6分
高い理念を掲げ、多くの区民の期待を一身に受けて誕生した岸本区政。
しかし4年を振り返ると、「期待したほど成果が見えなかった」「公約との距離を感じた」「対話の区政とは何だったのか」との声も少なくない。
なぜ岸本区政はうまくいっていないのか。一区民として3つのことを指摘したい。
①区長に物言う住民運動を遠ざけがち
区長選挙の候補者選出の経緯や時間の無さから、やむを得なかった点もあると思うが、岸本さんには行政の長である首長としての適性があったのかどうか。
多くの支援者が、岸本さんが候補者として決まるまで、実際に本人に会って話し、厳しい状況を一緒に乗り越える経験がないまま、経歴や著作だけで判断してしまったのではないか。草の根のボトムアップの運動の側が、落下傘式に候補者を擁立し、住民に対して対抗馬として提示したことの意味は大きい。
岸本さんに実際に会った人で、岸本区長の対人スキルやコミュニケーションに対する姿勢について疑問を持つことになった人も少なくない。 日本国内での会社勤めなど、組織内外での対人関係や問題解決の経験を十分に積んできたとは言い難い背景も影響しているのか、区長自身が話に興味を失うと相手から目を逸らし、すぐに手元のPCで自分の作業を始めてしまう。自分への批判や諫言には耳を塞ぐような態度をとり、露骨に不機嫌な表情で相手を遠ざけてしまう。そうした場面を実際に見てきた。
私が直接話して最もショックを受けたのは、阿佐ヶ谷の問題の当事者である私に対し、「私の区長としての仕事は、阿佐ヶ谷のことだけじゃないから」と言われたことだ。理屈ではその通りだが、それを当事者に向かって言うのか、と感じた。
当選当初、岸本区長は「私に対してクリティカルであってほしい」と繰り返し語り、「対話の区政」も標榜していた。しかし、実際のやり取りに接する中で、その「対話」が十分に活かされていないのではないかと感じる場面も多かった。きつい言い方かもしれないが、「対話」を得意としているとは言い難い。これは偽らざる私の実感である。
擁立から選挙を経て、当初は周囲に仲間も多かったはずだ。だが、自分に厳しい意見を言う仲間を次々と遠ざけ、自ら孤立していったようにも見えた。
結果として、頼れる相手は区職員しかいなくなる。行政経験も乏しい一人の区長を、前区政から継続するベテラン職員たちが取り囲む。岸本区長が多くの基本政策において、田中前区長の方針を踏襲・追認することになった背景には、このような状況があったのではないか。
②区政の実態改善より、選挙での再選が目的になりがち
岸本区長が自分に諫言する人たちを遠ざけてしまったため、区職員以外で周囲に残ったのは、政治的に近い人たちや、無批判に支持するファンのような人たちだったように見える。この人たちは、岸本区長へのあらゆる批判を許さない傾向があると感じている。地域住民が是々非々で岸本区政について論評することさえ、「反岸本」「田中前区長への利敵行為」と受け取られ、非難されることもあった。
岸本区長の当選は、その理念やドラマティックな展開もあり、全国的な注目を集めた。そうした人々にとって、岸本区長の存在は「全国的な象徴」でもあったのだろう。
なかには、「自分たちは岸本区長側、つまり与党だから行政に異論は言えない」と語る議員もいた。地方自治の二元代表制とはかけ離れた感覚だと感じた。
私たちの周辺では、それを「与党病」と呼んでいた。自治体政治において、そもそも与党とは何か、という話でもある。
一方で、ファンのような人たちは、具体的で切実な区民の問題には比較的無頓着だったと思う。こちらから問題提起をしても、「しょうがないね」「あきらめるしかないよ」と軽く流されることもあった。何よりも岸本区長の理念を支持し、それを広げることが、みんなの幸せにつながると信じているようだった。
だが、現実の伴わない理念に意味はあるのか。区内の具体的な問題から目を背け、区外へ理念=美しいこと、を発信ばかりしている首長でよいのか。岸本区長に無批判な人たちが、公約からの逸脱や田中前区政の踏襲・追認を容認し、これといって問題にしないでいることは「住民自治」への冒涜ではないのか。
任期半ばの頃には、多くの問題はすでに露呈していたと感じている。それでも周辺の人たちの関心は「区政の改善」に向かわず、「再選」に移っていった。
「一期で終われば負けと同じ」「再選こそ何より大事」「再選させて全国的発信力を高めよう」――そうした言葉も何度も聞いた。杉並区政の現実を変えることより、「杉並区長」という肩書きを持つ岸本さとこ個人へと関心の軸が移っていくようだった。
③「対話」が現実の変わらなさへのガス抜きになりがち
本連載で最も伝えたい点はこれでである。
私たちはまだ、「対話の区政」の方法、つまり本当の意味での対話の仕方を知らないのではないか。
その根本には、日本で育った多くの人が、小中学校時代から、会議の進め方や議論の仕方を十分に学んでこなかったこともあるだろう。
先に記したように、区主催の会議体の多くは、「説明するだけ」「意見を言うだけ」で終わり、多くの区民がフラストレーションと絶望感を抱えて帰る。
出席者全員が1人1回発言するという妙な平等原則も、結果として対話の成果を妨げていた。
もちろん、参加者が同レベルの情報を共有し議論に臨むことは大事だ。それが第一歩だ。
また、多くの参加者から新たな論点を出してもらい、テーブルに上げることも大事だ。それが第二歩だ。
だが、現在の区の会議体の多くは、そこ止まりだった。
「あとは区が預かり、よしなにやっておきます」というのが、杉並区の「対話の区政」の現在地だったように思う。
本当に対話の区政を進めるには、その先の段階に進まなければならない。
ここでは具体的方法論までは述べない。だが大切なのは、プロジェクト全体の目的と、個々の会議体の目標が設計され、関わる全員に共有されていること。個々の論点の対立を「分断」と捉えず、互いに受け止め合うこと。 そうすれば、何のための会議なのか、自分の意見はどう扱われるのか、結論は誰がいつどう決めるのか、自分と違う意見の人は何を考えているのか――そうしたことが見えないまま、虚しく時間が浪費されることは減るはずだ。
「ワークショップ」「オープンハウス」「デザイン会議」「〇〇セッション」など、名称だけで“対話している感”を演出し、映える絵作りに終始している。見かけ倒しにすぎない。パッケージが異なるだけで、中身は田中良前区政と変わらない。
「対話の区政」を掲げる以上、岸本区長には、その方法や地方自治への反映のさせ方についての知見とリーダーシップを期待していた。
もちろん区職員も区民も、そうしたことは未知の領域だった。だから、区長一人だけを責められる話ではない。もし知見がなかったのなら、みんなで学ぶ、外部の専門家の力を借りる、耳を塞ぐのをやめて心を開く――そういう方向へ進んでほしかった。
おわりに
杉並区長選挙まで、あと2か月を切った。私は今もモヤモヤしたままだ。誰に一票を投じるべきか悩んでいる。
もし私が現実の問題の当事者でなければ。もし岸本区政の現実を知らなければ。周囲の応援する人たちと同じように、岸本区長を応援していたのかもしれない。
一方で、現実の問題の当事者ではなくとも、当事者と同じ目線で問題を捉え、胸を痛め、岸本区政に失望しながらも、4年前に自分も岸本区長を生み出した一人だという責任感から、なお応援し続けている人もいる。その人たちの葛藤を思うと、心が痛い。
これまでで最も悩ましい選挙になりそうだ。(完)

