都立定時制高校の廃止見直し求め、区民が動く
- 和田 悠(立教大学文学部教育学科教授)
- 9月9日
- 読了時間: 6分
東京都教育委員会は、2026年度入試から都立高校6校の夜間定時制課程で生徒募集を停止する方針を打ち出しました。その中には板橋区にある大山高校と北豊島工科高校も含まれています。夜間定時制高校は、不登校や高校中途退学者などにとって学び直しの場であり、少人数で一人ひとりに合わせた支援ができる重要な居場所です。しかし今回の「募集停止」は、こうした子どもたちにとって大きな打撃になりかねません。
「学び直し」の場を奪わないで
夜間定時制高校は、少人数で一人ひとりに合わせた支援が可能であり、不登校経験者などにとって重要な「学びの居場所」。働きながら学ぶ生徒や不登校を経験した生徒が安心して学べる環境の保障をすると言う点で、大事なセーフティーネットです。
板橋区では、坂本健区長を会長に、板橋区青少年問題協議会が組織されています。2023年度・2024年度の板橋区青少年問題協議会では、「不登校の背景を的確に捉えた、多面的な支援の実現に向けて」がテーマでした。
2023(令和5)年10月30日に開催された、板橋区青少年問題協議会第1回全体会では、協議会に出席した、北豊島工科高校の校長が次のような報告をしています。
現状当校は定時制で、今年1年生が 11 名入学してきて全員不登校経験者、1名は残念ながら引っ越しましたので今現状 10 名ですが、10 名が 10 名全員登校できている状態。中学の校長先生たちと風通しよくさせてもらっており、これを報告すると大きく驚かれますが、彼らの中では何か変化が起こったと思います。1つは、生徒は学校に行きたいと思っていますが、学校集団生活の大きい集団の中はダメです。35 人、40 人の中での生活は無理だけれども、10 人前後の中では楽しくてしょうがない。体育とかで楽しそうにやっているのを見ていると「不登校だったのかこの子たちは」というぐらいの感じだと思います。
少人数の安心できる環境が、不登校経験者にとって再び学びに向かう大きなきっかけになっていることがわかります。
子どもの声が示す定時制の意義―板橋区青少年問題協議会『提言』から
2023年度・2024年度の板橋区青少年問題協議会では、それまでの協議会での議論を踏まえて、2025(令和7)年3月19日に、提言『不登校の背景を的確に捉えた、多面的な支援の実現に向けて』をまとめています。
この『提言』には、2024(令和6)年7月に、北豊島工科高等学校の定時制生徒 20 名および都立大山高等学校の定時制生徒 27 名に対して実施した、「安心・安全な教育を検討するためのアンケート」の結果が収録されています。
板橋区青少年問題協議会の副会長で、法政大学のキャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎さんも指摘しているように、近年の子ども関連の計画や施策の策定において、子どもの生の声を聴くことが重要視されていますが、板橋区のこの提言はこの点で実に画期的なもので、アンケート調査の結果は、「不登校の背景を的確に捉えた、多面的な支援の実現」するのに多くの示唆を与えてくれます。

アンケート結果を見ると、不登校を経験した生徒が「再び学校に通えるようになったきっかけ」が鮮やかに浮かび上がります。
たとえば、「定時制の夜間学校があると知った」、「人数が少なく気楽だった」といった回答は、まさに定時制ならではの存在意義を物語っています。さらに、「カウンセラーの影響が大きかった」、「学校や相談所の人と話すうちに卒業したいと思った」など、人との関わりが支えになったことがうかがえます。 また、学校に行けない仲間へのアドバイスには、等身大の実感がこもっています。
「無理せず自分のペースで頑張れ」、「少しでもいいから学校に行った方がいい」といった励ましの声から、「学校に行くことがすべてではない」、「行かなくてもなりたい自分になれる、努力を忘れないで」といった自己肯定のメッセージまで、幅広い響きがあります。
これらの言葉は、定時制という場に身を置いたからこそ生まれたリアルな声です。そしてそれは、制度設計や統廃合の議論のなかで軽視されてはならない、かけがえのない証言です。
板橋区の現実——「通いやすさ」が支援そのもの
不登校経験者にとって登校すること自体が大きなハードルです。だからこそ、自宅から近く通いやすい学校の存在は不登校支援に直結します。
東京都教育委員会は、不登校経験者などの学びの場として「チャレンジスクール」の存在を挙げていますが、板橋区には設置されていません。現状では、隣接する北区の桐ヶ丘高校が最寄りのチャレンジスクールとなります。これまで大山高校の定時制に通えていた生徒が遠方の学校へ通わざるを得なくなることは、利便性が大きく後退することを意味します。
「通信制高校があるではないか」という声もあります。しかし通信制は自学自習が基本で、多くは私学。学びを支えるサポート校は学校教育法上の「学校」ではなく、無償化の対象外で経済的負担が重くのしかかります。子どもによっては通信制よりも夜間定時制こそが適した学びの場であることは、生徒自身の声が証明しています。
区民の動き——「存続を求める会」が陳情へ
板橋はものづくりのまちでもあり、北豊島工科高校定時制は地域の工業人材育成の場として貴重です。大山高校定時制は普通科として幅広い背景の生徒を受け入れ、進学・就職など多様な将来に応じた学び直しを可能にしてきました。役割は異なりながらも、両校は教育のセーフティネットとして地域に根づいてきました。
こうした中で、超党派で「大山高校・北豊島工科高校定時制の存続を求める会」が立ち上がり、板橋区議会に対して東京都教育委員会へ意見書の提出を求める陳情を準備しています。
陳情の内容は明快です。
「都立北豊島工科高等学校と都立大山高等学校の夜間定時制課程の廃止について見直しを行い、働きながら学ぶ生徒や不登校を経験し、学び直しを希望する生徒が安心して教育を受けられるよう、板橋区から存続を求める意見書を東京都教育委員会に提出してください」
区民の声と生徒の実態が突きつけるのは、教育の機会を守る責任が区と都にあるということです。