2/13「いたばし教育財政シンポジウム」に参加して(上)

 コロナが大変なことになっている中、「いたばし教育財政シンポジウム」に、オンラインで参加した。ある一人の参加者がこんなことを考えながらこのシンポジウムに参加していたのかという一例として読んでいただければ嬉しい。



 まずは私の自己紹介を。

 私は、上は中学2年、下は保育園の年中、その間に2人、合計4人の子どもの母だ。このシンポジウムには本来はリアルで参加する予定だったが、家族6人中の4人がコロナ陽性となり、自宅療養(または待機)ということになったため、やむをえずオンライン参加とした。子どもが4人もいるから、教育問題には関心がある。また、コロナ陽性の子も発症していない子も含めて全員が学校に行けず、オンライン教育すらも受けられないという状況。どうにかならないものかという思いも強い。そんな心境においての参加だった。

オンライン授業の質は各学校でバラバラ

 高野氏は区内の小学校の先生。色々なデータとともにコロナ禍の学校内の現状やGIGAスクールについてのプレゼンだった。プレゼンを聞いての感想は、「だよね、思った通り。先生たちだってそう思うよね」しかない。

 昨年、8月末、板橋区の小中学校の保護者に緊急連絡メールを使って新学期から板橋はオンライン授業が開始されるという知らせが来た。「よし!」と思ったが、新学期が始まる数日前になっても学校から具体的な連絡はない。

 9月1日からオンライン授業が始まるってことでいいんだよね? 行かなくていいの? どうしたら?と不安になったため、私は直接、学校に連絡して状況を聞いた。その時の様子と、今回のシンポジウムの高野氏の話を聞いた感触はピッタリと一致する。学校の管理職と話をして感じたのは、学校現場への「丸投げ」が激しそうだということだ(学校側はそうは言えないだろうが)。金も設備も時間も人も追加支援はしない。けれども、「板橋は学びをとめない!」ことにしたから、あとよろしく。そういうふうになっているのだろうなと思っていたが、その不安はやはり的中していたようだ。  親として学校に不満はある。うちの子は小学生も中学生もいるが、オンライン授業に積極的なのは小学校。差が歴然。中学校からはあまりやる気が感じられない。これは区全体として中学校は遅れているという話ではなく、各学校の差が大きいということではないだろうか。管理職の考え方や、教員個々人のオンライン教育に対する力量に差があるからだろう。学校現場に「丸投げ」なのだから、学校間で格差が出てしまうのは当然。この状況では、やる気のある優秀な教員が疲弊してしまうのではないかと危機感を覚えた。


授業スタンダードの推進は、学校・授業をつまらなくする

 また、このような状況であるのにも関わらず、板橋の教育の第一目標は学力向上一本であるということもプレゼンの中で問題視していた。

 もちろん学力向上も大切だろう。しかし、この学力というものは単にテストの点だけなのだろうか。もしも単にテストの点だけなら、塾で十分という人はいるのでは? 塾ならコロナ禍でもさっさとオンラインに切り替えて淡々と授業をしてくれる。

だが、私は学校の役割はテストの点だけではないと思っている。個々の子どもが自分の考えを持って発言し、他の子どもの考えも知る。子どもは多様なので、当然意見の対立が発生する。そこを自分たちで調整していく力、そういうものを身につけるのは塾やオンライン授業ではなかなか身につかない。それを学ぶことができるという意味で学校は必要だと思っている。  個々の先生はそういうことを意識している人も多くいるだろう。しかし、高野氏のプレゼンでも触れられていたように、授業スタンダードなどで授業のやり方を縛るようでは個々の先生の良さを発揮できるような自由な授業は難しいだろう。授業をスタンダード化して狭い範囲に先生を閉じ込めていないだろうか。逆にスタンダード通りにやっておけばいいとあまり考えない先生を育ててはいないか。  最後にGIGAスクールや「令和の日本型学校」についても触れられていた。私は先程も書いたように授業スタンダードに懐疑的だ。成績という点をとっても、子どもは多様なのでその子にとっての良い学び方というものがある。  板橋区にも一つくらい「イエナプラン教育」(註)に基づくオルタナディブ教育ができる公立があってもいいと思う。希望する生徒、希望する先生が集まって独創的な授業ができる学校があるといいなと強く思う。私は、教育哲学者の苫野一徳氏の教育についての考え方に板橋の学校教育をより良いものにしていく鍵があると思っている。苫野氏は学びの個別化、協同化ということをずっと提唱している。


 ところで、文科省は「令和の日本型学校教育」の中で①個別最適な学び、②協同的な学び、というのを挙げているが、苫野氏がやろうとしていることと同じなのだろうか。しかしそれなら、授業スタンダードなどとは到底折り合うものではない。もしこれを今の教員数で実現しようというのなら、クラス制度を止めるところから始めないといけないだろうが、板橋ではどの様に考えているのだろう…。高野氏のプレゼンはたくさんの視点があって感想も止まらなくなるで、この辺りで終わりにする(下に続く)。

(註)イエナプラン教育とは、ドイツの教育学者ペーター・ペーターゼン(1884〜1952年)が、1920年代に提唱し、フリードリヒシラー大学(通称イエナ大学)付属学校で実施した学校教育。年齢や学力の程度が異なる児童でグループを構成して、さまざまな課題に取り組む。日本における「大正自由教育」にも通じるところがある。

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