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  • 執筆者の写真桔川 純子(大学非常勤講師)

韓流ドラマ「恋の始まりは出馬から!? すべき就職はしないで出師表」が面白い

 近頃、コロナ禍で韓国映画やドラマを見る人が増えたこともあり、「オススメの韓国ドラマや映画はありますか?」と聞かれることが多くなった。韓国語を教えたり、日韓の市民交流に関わる身からすると、嬉しいことでもある。

 しかし、「オススメ」というのは好みもあるので難しい。ただ、ドラマの背景の文化や風習を知っていると、ドラマをより一層楽しめると思うので、ミニ知識なども合わせて紹介していこうと思う。

 まず、2020年の韓国ドラマ地上波視聴率のトップ10を見てみたい。をつけたものは、視聴率は高いのだが、朝ドラや昼ドラのように毎日放送している「日日ドラマ」というカテゴリーで100話以上あるうえに、内容は韓国語で「マクチャン」という、ドロドロで、記憶喪失、交通事故、財閥など、何でもありの内容であることが多い。人気がありそうだからと思って見ると、肩すかしを食らいかねないので、ご注意下さい。


 


2020年 韓国ドラマ 地上波視聴率ランキング


1位 一度行ってきました (最高視聴率 37%)(KBS)

2位 愛はビューティフル、人生はワンダフル (最高視聴率 32.3%)(KBS)

3位 浪漫ドクターキム・サブ2 (最高視聴率 27.1%)(SBS)

4位 素晴らしい遺産 (最高視聴率 24%)(KBS)

5位 花道だけ歩きましょう~恋の花が咲きました~ (最高視聴率 23.9%)(KBS)

6位 ストーブリーグ (最高視聴率 19.1%)(SBS)

7位 優雅な母娘 (最高視聴率 18.8%)(KBS)

8位 危険な約束 (最高視聴率 16.5%)(KBS)

9位 ハイエナ―弁護士たちの生存ゲームー (最高視聴率 14.6%)(SBS)

10位 二度はない (最高視聴率 13.2%)(MBC)


 


 このトップ10のラインナップを見て、あれっ??と思った人もいるだろう。ここには、昨年のビッグヒット、「愛の不時着」や「梨泰院クラス」が入っていないからだ。

 実は、「愛の不時着」などのヒットドラマは、ケーブルテレビ等の非地上波放送だ。ちなみに視聴率トップ5は次の通りだが、どれも話題作だ。非地上波の頑張り具合が窺い知れるだろう。


 

2020年 韓国ドラマ 非地上波視聴率ランキング


1位 夫婦の世界  (最高視聴率 28.4%)(jTBC)

2位 愛の不時着  (最高視聴率 21.7%)(tvN)

3位 梨泰院クラス  (最高視聴率 16.5%)(jTBC)

4位 賢い医師生活  (最高視聴率 14.1%)(tvN)

5位 秘密の森2  (最高視聴率 9.4%)(tvN)

 

※最高視聴率は韓国の視聴率調査会社「ニールセンコリア」調査より(2020年11月25日時点)

※2020年に放送された全ての作品が対象

出典:「KONEST韓国ドラマ視聴率ランキング2020



 さて、前置きが長くなったが、2020年に放送されたドラマの中から、「恋の始まりは出馬から!? すべき就職はしないで出師表(すいしのひょう)」(KBS、16話) を紹介してみようと思う。日本で放送されたKNTVのWebサイトには、「ナナ(AFTERSCHOOL)主演!庶民派女子が出馬表を叩きつける!悪徳政治家を征伐する痛快ポリティカルラブコメディ」という宣伝文句が添えられている。

 「出師表」とは、もともとは、三国時代、蜀の諸葛亮孔明が出陣の際に、主君に奉った上奏文のことだが、韓国では選挙への出馬表明の意味で使われている。日本語のタイトルでは、原題に「恋の始まりは出馬から!? 」という文言を加えて説明している。





 物語の背景はソウル市のマウォン区。ソウル市の架空の自治区だ。主人公はナナ演じるク・セラ。正義感が強く、自分が「おかしい!」と思ったら黙っていられない29歳の女性だ。セラは、率直すぎる性格が災いし、転職してもその先々で不正や納得のできないことを指摘しては、何度も首を切られるという憂き目を見ている。やっと採用された区議会のアルバイトでは、議会でまさに採決をとろうとするときに発言してしまう。発言権もないのに。

「小学校の隣に大型スーパーの物流センターを造るというのは違うんじゃないですか!危ないじゃないですか!」


 議会でのルールを破った上に、痛いところをつかれた議員たちからは反発を買い、案の定クビになる。またまた就活せざるを得なくなった崖っぷちのセラは、区議会バイトの上司で、実は幼馴染の5級公務員ソ・コンミョンが言っていたことを思い出す。

 「国会議員ならまだしも、区議会議員なんて市民は関心がないんだよ。だから、年間90日の出勤で年棒5,000万ウォン(約500万円)のおいしい仕事を、地元の不動産財閥や議員2世たちで分け合っているんだ。」


 セラはある日、区議会議員の補欠選挙候補者受付のポスターを偶然に目にする。そして決意するのだ。「私も議員になって90日5,000万をゲットする!」と。動機は思いっきり不純だ。だが、マウォン区育ちのセラは、子どもの頃から地域で納得できないことを発見すると、その度に区役所の窓口に、請願や苦情を申請していた。いわば地域の事情通でもあり、役所では「苦情王」という有り難くないニックネームも付けられている。


 出馬の結果はといえば、思わぬ応援団も現れ、無所属ながらなんと当選してしまう。しかし、一癖も二癖もある議員たちからは無視されたり、嫌がらせもされたりで、前途多難な議員生活が始まる。ところがそんなことで大人しくしているセラではない。持ち前の行動力で、議会を引っ掻き回していく。


 そんなセラを支えるのが、ソ・コンミョン。コンミョンはキャリア官僚のエリートだが、原理原則を守って市長に進言したため、財政部から左遷されたという融通の効かない堅物だ。それでもマイペースを守るコンミョンは、淡々とすべき仕事をこなしている。そんなコンミョンは、今度は議員となったセラと再会するわけだが、全くペースが合わない。最初は衝突しながらも、コンミョンにとって、セラは次第に気になる存在へと変わっていく。


 議員活動をしていくうちに、セラとコンミョンは、マウォン区が進める開発と、そこに隠蔽されている過去の事件について気づき始める。真実を突き詰めようとするセラの前に立ちはだかるのは、保守党の古参の議員たちだ。その中でもボス的存在なのは、幼い頃に別れたコンミョンの父親チョ・メンドクだった。コンミョンはある事件をきっかけに、権威的で横暴な父親をとことん嫌うようになった。韓国では、婚姻をしてもどちらかの姓が変わることはないが、通常子どもは父親の姓を名乗る。父を嫌うコンミョンは、途中で母の姓を選択したのだ。


 実務能力抜群のコンミョンのサポートを受けながら、ク・セラは猪突猛進に突き進み、不正を暴いていくというのが、ドラマのメインストーリーである。そして、ドラマは、セラとコンミョンのラブストーリー、トラブルメーカーだがなぜか憎めないセラの母親、そんな妻と娘を年がら年中心配している父親、万年秘書で選挙に出られないセラの元カレや、セラの理解者である同じような境遇の友だち、さらにはマウォン区に暮らす人々とのエピソードを絡めながら、コミカルにテンポ良く描かれている。


 ダメダメ上司にムカついたり、恋愛にグズグズ悩んだり、時にはズルいことも考えちゃったり、でも許せないことは許せない29歳の女性、ク・セラ役のナナがいい。

 そんなク・セラが、自分をピーアールする時のキャッチフレーズがある。

「今日も明日もク・セラ〜」


韓国語の発音だと、「ク・セラ」という音は、「強くなれ」という韓国語の音に近い。つまり、「今日も明日も強くなれ〜」と言っていることにもなる。ドラマには、そういったことば遊びが散りばめらてもいるので、韓国語を勉強している人は、発見してみるのも面白いだろう。


 また、蛇足であるが、このドラマの悪役、コンミョンの父を演じるベテラン俳優アン・ネサンは、テレビでその姿を見ない日がないぐらいに活躍するベテラン俳優の一人だが、1980年代は延世大学の学生で、有名な民主化運動の闘士だったというのは、知る人ぞ知るエピソードだ。


ドラマをより一層楽しむために


 このドラマは地方議会が登場するので、背景を理解するために、少し説明を加えておきたい。


 韓国では公務員は、1級から9級まで等級が別れており(数が少ない方が上級)、地方公務員では、5級が上級職となる。ソ・コンミョンは、役所の中でも一流大学を卒業した幹部候補生という設定になっている。5級公務員という表現は、エリート公務員の代名詞としてしばしば用いられる表現だ。


 また、ドラマには、「サラン(愛)洞」「チョンイ(正義)洞」など、「洞」という行政区の単位がよく出てくる。ソウルには、東京の23区のような区が25あり、その下には、「洞」 (町に該当)という行政区の最小単位がある。


 さて、ク・セラが狙う区議会議員の待遇は、「勤務日90日、報酬5,000万ウォン(約500万円)」となっているが、実際のところどうなのだろうか。自治体によって異なるものの、年俸4,000〜5,000万ウォンぐらいで、制限はあるが、兼職が認められている。さらに、議員には別途、議政活動費が毎月約110万ウォン支給される。ちなみに、首長、議員は選出制公務員という待遇で、退職金は支給されない。


 出勤日数は、各自治体によって異なるが、だいたい条例に定められている日数が80〜100日ぐらいだ。しかし、住民からの陳情を受け付けたり現場を飛び回ったりすると休みもないほどの忙しさだが、怠けようと思ったらかなり遊べる状態だという。議員によって、随分差が出てくるということのようだ。


 実は、このドラマが始まる前、保守政党である国民統合党から異議申し立てがあった。そのクレームの内容は、「保守を悪、進歩を善と描く荒唐無稽な設定だ」というものだ。それに対し、KBSの制作陣は、「党籍を持って出てくる人物は進歩と保守を問わず大部分善良な人物として設定されていない」という回答を示している。確かに、不正で拘束された公務員出身の市長は進歩党所属の議員として描かれている。


 もう一度ドラマの内容に戻ると、時々、エンディングがちょっと腑に落ちないというドラマもあるのだが、このドラマの最後は個人的には納得の内容だった。韓国のローカルを知りたいとか、ちょっと元気をもらいたい、という人にはオススメです。


 さて、始まる前からクレームがついてしまったわけだが、制作陣の心意気が、その企画意図にも表れているので、紹介しておこうと思う。



 

<ドラマの企画意図>

 

毎年6,000億(約600億円)の予算を動かす区議員を知っていますか。


区議会議員は、地方自治の最も小さな単位の責任を持つ政策決定者として、税金の監視、条例制定など区議会と関連した活動をしている。

2019年ソウル特別市の、とある区の予算は6,326億ウォンである。

区役所は、その財源で図書館を建てたり、歩道のブロックを取り替えたり、福祉手当てを支給したりする。 この時、お金をどこに使うかを決め、きちんと使われているかを監視するのが、ほかならぬ区議会議員だ。

ソウル特別市だけでも25の区があり、約400人の区議会議員が働いている。

4年間、平均年俸5,000万ウォンで、兼業も可能だ。

しかし、大半の人々は、地元の区議会議員の名前も顔も所属政党も知らない。

あろうことか、自分が選んだ候補さえも!

そして、彼らだけの宴は続いている。

いったいどんな人たちが区議会議員をしているのだろうか。

新人政治家の成長を応援する「大切な一票」を夢見て!

「出師表」は一年の契約社員になった青春就活記であり、生活密着型の政治劇だ。 世の中を変えようという政治的野心ではなく、一勝が切実な就活生の気持ちから始まっている。 「お金もなく、低スペック(資格などの特記事項がない)」で、「土の匙※」である政治に無知な若者が区議会議員になり、不届な政治家たちの宴を痛快に覆すという、馬鹿者の一勝を夢見てみる。

「我が地域のために、死に物狂いで闘う区議会議員が、せめて一人ぐらいいてくれたら」

そんな願いを込めて、出師表を投じるものである。


※裕福な家庭に生まれた境遇を「金の匙」、その次は「銀の匙」、コネも何もない家庭に生まれた場合は「土の匙」という表現を韓国では用いている。


出典: KBS Web Site


 

ミニマルなセンスを感じるポスター

 

投票用紙 見本
投票用紙 見本


 最後に、まず韓ドラペンに掲載されている、ドラマのポスターを見て欲しい。セラとコンミョンのポーズは投票用紙の印影をモチーフにしている。


 韓国の投票用紙にはあらかじめ候補者名が印刷されており、有権者は投票用紙を受け取ったら当選させたい候補者の名前の横に押印する仕組みだ。


 




 日本では2021年3月20日から再放送が始まる。オンエアは深夜2時30分から3時45分まで。楽しんでもらえたら嬉しい。





◆参考資料


KNTV 恋の始まりは出馬から!?~すべき就職はしないで出師表~


中央選挙管理委員会 サイバー選挙歴史館

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