緊急事態宣言をめぐる 国と都の綱引きを振り返る
4月10日の国の緊急事態宣言をめぐって、当初小池都知事は休業要請対象を幅広い業種に広げようとしていた。ぎりぎりまで国との調整が続き、4月9日には西村担当大臣と小池都知事が会見、やっと決着を見た。
本来は国の緊急事態宣言後に知事が要請できる具体的な業種を東京都は事前に公表した。理美容・居酒屋・百貨店にまで対象を広げたい東京都と、その時点で先送りしたかった国とのドタバタが続いた。
例えば理髪店は結局対象から外れたものの、4月9日には閉店前に散髪をと顧客が押し寄せる騒ぎとなった。デパートの食品売り場は自粛対象から外れたが、小池都知事発言の影響により国の宣言時には既に全館閉店していた店もあり、経産省が苦言を呈する一幕もあった。
国民の目から見ると小池都知事のほうが積極的で西村担当大臣が消極的に見えただろう。そのような視覚効果が小池都知事のねらいだったのかはわからない。だが、関東地方の他県の知事たちは、財政力を持つ東京都の突出した動きに大いに違和感を持ったようだ。将来、都県間の財政負担調整に禍根を残すかもしれない。
また4月9日からテレビで小池都知事が出演したコマーシャルが再々放映され、「都民一丸となってこの難局を乗り越えよう」と4月18日まで連日よびかけた。7月の都知事選前にテレビに出過ぎではないかとの声もあった。「新型コロナ感染症は国難である」と安倍首相より力強く叫んでいる小池都知事であるが、新型コロナ感染対策を都民ファーストで滞りなく行ってきたのだろうか。検証してみよう。
疑問1 東京のPCR検査はなぜ進まないのか?
すでに指摘されているが、我が国は世界標準からみて検査者数がケタ違いに少ない。特に東京の検査が人口比でも少なく、陽性率も高い。
4月25日付の東京新聞によると、
東京都は検査数が8,435人でうち陽性者が3,320人(陽性率39.4%)
大阪は検査数が5,368人でうち陽性1,216人(陽性率22.7%)
埼玉県は検査数が5,119人でうち陽性681人(陽性率13.3%)
東京都は全国平均の10.3%に比べても際立って高い。
海外では陽性率の高さに比例して陽性者が増加し、死者数も短期間で増えると言われている。一説には7%が陽性率の標準的目安ともされており、ドイツ(約7%)がそうである。陽性率が高いとされているアメリカ(約20%)と比べても、東京都(39.4%)のそれは異常に高いのではないだろうか?
発熱したタレントが自宅での様子見から急変して入院に至り、検査で感染が判明し亡くなった。病歴から免疫力の低下が想定されており、発熱があったのだから早期に検査すれば感染を発見でき大事にいたらなかったかもしれないと指摘されている。
国の専門家会議の主導で当初はクラスター対策を中心に検査を実施してきた。そのため最近まで、発熱しても海外渡航歴のある人との接触や、高熱続きでも肺炎症状がなければ検査させないような高いハードルがあった。家族のひとりに陽性反応があっても、残りの家族は検査してもらえない状況が続いた。
今でも、帰国者・接触者相談センター(実質は保健所)が接触者外来に患者を紹介し、そこで診察と検査をするか判定している。かかりつけ医が必要性を認めても断られるケースが少なくない。
4月20日に慶應大学病院がコロナ以外の入院患者を検査したところ、陽性率は約6%だったと発表をした。検査対象者は67名と少ないが、東京の人口に当てはめると84万人となる。現況の感染者数の20倍以上だが、検査数が少ないので否定もできない。
クルーズ船の陽性者の半数は発症していないことから、確かに潜在的感染者は多いかもしれない。東京都民1,400万人に対して感染者数4,568名(5月3日現在)、人口比で0.032%は低すぎないか。
最近各区で検査場を設ける動きがでてきた。東京都はこれまで、形式的に国に要望はしてきたが、都知事の積極的なリーダーシップは見られない。検査数の増加に対して具体的な動きはなく、今や緊急課題の保健所強化についてもただ静観してきたというのが実際だ。
疑問2 オリンピック延期決定後の掌返し
3月24日にオリンピック延期が決定したとたん、小池都知事が新型コロナ感染症対策に熱心になったと言われていた。小池都知事の記者会見や都の動きからこの点を確かめてみた。
新型コロナウイルス発生からオリンピック延期決定までの出来事
小池都知事は2月の時点で検査体制が脆弱なことを認識していた。しかし東京都として具体的な対策を講じた形跡は乏しい。4月末になって都の動きを見るに見かねた区は検査体制の整備に着手した。
政府は2月28日に突如全国の学校の休校を発表し、併せて全国的なスポーツやイベントの中止を要請した。北海道では危機感を抱いた知事が全国初の緊急事態宣言を出した。小池都知事は3月6日の記者会見では、区市町村の代表と意見交換をし、早急にマスクが必要だとする要望を取りまとめた程度だった。
3月7日にI O Cのバッハ会長が、オリンピックまでまだ4ヶ月あると言及し、開催可否の決断を先送りした。都内の感染者が増加傾向にある中、WHOは3月11日にパンデミックを宣言した。小池都知事はこの間、国の意向に淡々と従い新型コロナ感染症への危機感を強く表すことはなかった。
3月19日、大阪府の吉村洋文知事は、急遽兵庫県との往来自粛を打ち出し、3月25日の記者会見で決定が急すぎると質問された際、非公開の文書(厚労省クラスター対策班の西浦博教授による推定。3月20日からの3連休向け対策を示さずに放置すると、3月27日には感染者が586名、4月3日には3,374名に達する)を根拠として示した。
この決定に効果があったのかは不明だが、大阪府の感染者は、3月27日176名、4月6日346名と予測より大幅に減少している。方向性としては正しく、効果があったようにも見える。一方、小池都知事は3月23日の会見では何もしなかった場合ピーク時に入院患者が2万人、外来4万人と、数字に言及するのみであった。
小池都知事は3月25日の会見で、週末の隣県との往来自粛を要請した。その際に「3月の3連休に同様の要請をする考えはなかったか」と記者に問われ、「色々な予測いただいている。関西と比べ、東京圏、東京は一ケタ少ない。総合的な判断する」と大阪を意識して回答していた。
圏域で見ても兵庫県93名に対し、神奈川県は68名、埼玉県42名である。知事の言う一ケタ違うは何を指していたのか? 当時は大阪も東京も感染者は120名程度で、東京も同様な危機意識があってもおかしくなかった。
ちなみに連休に何もしなかった東京都は4月5日には1,000名を超え、感染者が1,032名に増加した。これがオリンピック延期決定後だったら3連休の自粛要請はしないという消極的な判断を下しただろうか? 甚だ疑問だ。
延期決定直後の態度急変、強調される緊迫感
3月22日にカナダのオリンピック委員会が東京大会に不参加表明するなど、内外から不参加の声が上がりだしていた。3月23日には、ついにバッハ会長が開催可否の結論を4週間以内に出すと表明した。そして、3月24日、安倍首相とバッハ会長の電話会談に小池都知事も同席し、オリンピック延期が決まるのだが、小池都知事は前日には察知していたらしく、3月23日の記者会見では急に感染症対策に緊迫感を打ち出す。
記者会見では、「感染者の特徴は海外からの帰国者と感染源が不明な方が増えている。ロックダウンの海外からの帰国者が増え、クラスターの発生も予想される。クラスターがつながると大規模クラスターにつながり、オーバーシュート(感染の爆発的増加)になる。強力な隔離策が必要になる。三密の重なる場所を避ける、ライブハウス・クラブ・スポーツジムなどやイベントの自粛を強くお願いする。オーバーシュートの分かれ道だ。若年層が集まる時期だが危機意識を共有して欲しい。これからの推移によっては、都市封鎖のロックダウンをとらざるを得ないが、避けるためにも協力をお願いしたい」などと発言し、前日までとは打って変わって危機意識が強調された。この変わり身の速さは記憶しておきたい。
政府の緊急事態宣言が出ていない中、ロックダウンという刺激的な海外の手法を待ちだし、都民の不安を煽った。加えてその際、生活用品の確保は心配いらないと言わなかったため、会見直後からスーパーに人が押し寄せ、多くの食料品が売れ切れる騒ぎに陥った。
オリンピック延期決定直後の感染者数が激増
意図的に検査を抑えていたとは思えないが、オリンピック延期決定後の3月24日の17件から4月11日の197人まで、ほぼ感染者発見数が増加していく。
その後の知事は、オーバーシュートの危険が高まるとして、3月第4週には週末の外出自粛、お花見の中止(都営公園の立ち入り規制)、都立公園閉鎖など、次々と都市空間の使用を規制していった。
感染源不明者が増加する一方で、感染者を発見するために広範囲に検査する体制の整備については、調整で困窮する保健所を放置していた。これについては、例えば和歌山県では、2月13日病院で13人が発症、和歌山県知事は国の基準を超えて、職員や周辺関係者まで802名を他県の検査機関にも依頼して3週間で検査し、感染を一旦収束させたのとは対照的である。相談者に対する検査割合も和歌山県は35%、一方3月末で東京都は2.3%、全国では4.0%だった。
0.032%の感染が本当なら、約1,400万人が住む東京での感染者は4,500人、つまり3,100人に一人の割合になる。だが、この数字をそのまま受け入れていいものか。多数の有名人が罹患している。にわかには信じられない人数ではないだろうか。全国の死亡者も最近では高止まり傾向で、1日平均約17名になる。新たな感染者数は減少傾向とはいえ、陽性の判定者数=感染者ではないと言われだした。一部専門家は既に感染者数は信用できないと言い切っている。
若年層に行動自粛をよびかけても、これでは説得力が薄い。区の主導と医師会の協力により、区単位で検査所の増加を図る動きが出てきているが、都が何を支援するのかは見えない。在宅陽性者のホテルでの宿泊療養はきちんと機能しているのだろうか。移動後のフォローは万全か。「医療崩壊」を防ぐために都が何をするかに注目したい。
こうしたなか小池都政が打ち出している、2022年度内をめどとする都内8カ所の都立病院と6カ所の公社病院の独立行政法人化は、事実上の民営化であり、都民の命を守ることになるのか。都知事選の重要な争点だ。
Comments