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社会福祉の基本に忠実に、「保育は人」「世のため人のため」

最終更新: 2020年8月9日

今回のメールインタビューは、社会福祉法人「わかたけ会」理事長で、板橋区の常盤台にある「わかたけかなえ保育園」園長の山本慎介さんにお願いをしました。


「わかたけかなえ保育園」園長 山本慎介さん

山本慎介(やまもと・しんすけ)さん プロフィール

1976年8月生まれ。社会福祉法人わかたけ会の理事長として、園長職を務めるわかたけかなえ保育園を含めた3施設を経営している。理事長歴10年、園長歴15年。関係団体の役員のほか、第三者評価の評価者、保育園職員向けの研修講師などを務める。


「保育は人」「世のため人のため」


早速ですが、慎介さんもやはり保育園に通っていらしたのですか?

 保育園の隣に住んでいましたが、私自身は幼稚園に通っていました。当時の記憶はほとんどありませんが、そのおかげで、自分自身の「体験」をベースにした独善的な保育にならずに済んでいると思っています。

― 大好きな絵本を挙げるとしたら何ですか。

 そうですね、荒井良二さんやヨシタケシンスケさんなど、身近なことをとおして物事を深く考えるような作品が好きですね。

― おじい様お父様の代から板橋で保育園運営をされていました。「跡を継ぐ」ことについて迷いはなかったでしょうか?

 社会福祉法人「わかたけ会」は、祖父母が設立し、両親も法人で働いていましたが、私はほとんど何も知らず、法人の運営にも、保育園にも興味も関心もまったくありませんでした。


 ところが、大学4年生の時に就職活動をして金融系の会社に就職が内定したことを両親に報告したときに、母親から「いずれ跡を継いで欲しい」と言われました。そこで初めて「家業」について、「生まれ育った地域」について考えることになったんです。


 結果、義務感に近い「使命感」が生まれました。どうせいつか会社を辞めることになる。そうであればここで会社の内定を辞退しよう。それほど迷いもありませんでしたね。

― 法人・施設の責任者として、大事にしたいわかたけ会の受け継ぐべき理念は何だと思っていますか。

 社会福祉法人わかたけ会には明文化された理念はありませんでした。しかし、地域からの評価や職員の働き方などから、言葉にはなっていないけれども、生きてそこにある理念をくみ取ることはできました。そこで私が理事長に就いたときに「保育は人」「世のため人のため」とその理念を言葉にしました。40年以上に渡って守られてきたことと違ってはいないと思います。

 保育園の運営に関して言えば、児童憲章や保育所保育指針にある「保育所の役割」を自覚し、それを果たしていくことを使命としています。時代や社会の変化によって従来の考え方や方法ではその使命を果たすことができないのであれば、これまでのやり方に固執するのではなく、私たちがあっさりと変わらなければならないと思います。

板橋区の保育・福祉行政に関わり、そして望むこと


― 「あっさり」という表現が印象的です。自分自身の「体験」をベースにした保育はこれまでの自分のやり方を「善きもの」として押し付けるという点で独善的だと問い直せるところにも慎介さんの「あっさり」とした性格が垣間見えます。ところで、2016年に板橋区の私立の認可保育園で起きた0歳児の午睡中の死亡事故。2019年8月に「認可保育施設における午睡中の死亡事例に関する検証報告書」が出されました。慎介さんは、この事故検証委員会のメンバーでしたね。

 委員会の設置にあたり、保育分野の委員として板橋区私立保育園園長会の推薦を受けましたが、園長会の代表ではありません。その点は誤解のないようにお願いします。検証委員会による検証の目的は、認可保育施設における子どもの死亡事故等の重大事故について、事実関係の把握を行い、死亡又は重大事故に遭った子どもやその保護者の視点に立って発生原因の分析等を行うことにより、必要な再発防止策を検討するものであり、関係者の処罰を目的とするものではありません。  検証にあたっては。委員の個人的な価値観や感情が事実関係を歪めることがないように、憶測や感想を排除することを検証委員会としては心掛けました。亡くなった子どもやその保護者の視点に立って、委員個々の専門性を活かした分析を行った上で、無機質の定型文とならないようことも配慮しました。

―「検証報告書」は資料編を除くと30ページほどの小冊子ですが、死亡事故に向き合いながら、委員会としての再発防止のために何をできるかを考えた貴重なもの。また、今の板橋の保育水準を知る上でも格好の手がかりにもなります。板橋区の保育園保護者はもちろんのこと、広く板橋の保育に関心を持っている方に読んでもらいたいですね。


― 最近では、板橋区立弥生保育園の民営化が問題になりました。保護者の「園児を守る会」が作られ、板橋区への拙速な民営化についての厳しい批判や要望も出されています。慎介さんのお考えをお聞かせください。

  2014年に民営化された栄町保育園の保護者だったんです。区立保育園時代に2年間、民営化後の社会福祉法人立の園に6年間、栄町保育園に通っていました。民営化前後のトラブルに関しては、利用者(保護者)側からも事業者側からも相談を受けるような特殊な立ち回り方をしていました。個人的には民営化そのものに不安を感じたり不満を覚えたりすることはありませんでした。

 弥生保育園については、2015年5月に公表されていた複合施設の改築・移転が、いつどこで、なぜ、まったく異なる計画に変わってしまったのかが不可解ですし、民営化の発表から実施まで2年半という非常に短い期間が設定されことについて問題視しています。結局のところ3年間延期されることになりました。民営化が行われることを前もって知らされずに区立弥生保育園に入園した園児とその保護者たちが、途中で運営主体が変わることなく卒園できるようになったのはよかったと思います。

 区立保育園の民営化について、反射的に悪いことだと決めつけるのは短絡的だと思います。以前と比べて、区立保育園や保育士の役割も異なっているのではないでしょうか。また、財政負担などの観点からも考える必要があります。

 板橋区はその立地や歴史から地域性や文化性が強い自治体であると思いますが、保育・福祉行政が板橋区特有のニーズに即したものであるかということに首を傾げることがあります。今まさに板橋区で暮らしている人たちが安心や安全を実感することができる福祉施策が望まれます。

さまざまな保育・福祉系の団体のつきあい


― 板橋区私立園長会は、数多くの新設保育園を迎え入れ、研修など熱心にされています。社会福祉法人立の「古参」の保育園と、企業立も含む新しい保育園と、同じ園長会として運営していくには、ご苦労もあるかと思います。何か運営の秘訣などはありますか。

 現在の会員園数は90施設(区内98施設)ですが、2005年に私が入会したときは38施設でした。当時はほとんどが社会福祉法人かつ1法人1施設で、理事長=園長が経営と運営の区別なく担っていることが主流でした。共通項が多かったこともあってか、有益な情報を持ち寄ったり、協働してイベントを開催したりするなど、自園の子どもだけでなく、板橋区内で保育園に通うすべての子どもたちのために互いに助け合うという風土はすでにできあがっていました。

 2008年に役員に初めて選出されてから12年間役員を務めています。役員会においてもこれまでの風土を変わらず大切にしています。現在は株式会社の系列園が多くなり、経営権はもちろん、運営の実権も十分に持たされていない園長が増えているため、特に財務や人事に関わる制度関連の話題では温度差が生じたりもしています。しかし、日常業務の情報交換や相談などができるグループディスカッションの機会を多く設けるなど、新規会員が参加することにメリットを感じるような運営を心掛けています。 ― これまでの理念を大事にしながら、やり方は必要に応じて変えていく。そういう慎介さんの柔軟さを感じました。そう言えば、慎介さんは「東京男性保育者連絡会」(だんぽれん)の事務局長でもあるんですよね。「だんぽれん」について、少し教えてください。

 「男性保育者連絡会」は1974年に、当時女性に限られていた保母資格を男性も取得することができるように運動することを目的に発足しました。資格の取得はそこから3年で認められましたが、「保母に準ずる」ということで正式な資格名称がなかったことから、その後は資格名称を得るための運動団体として継続し、22年という長い年月を経て「保育士」になりました。名称問題の解決後は運動団体としての意義は薄れ、交流や実践研究を主目的とした全国集会を隔年で開催しています。

 私は「男保連」に15年ほど関わっていますが、最終的には保育業界における男性特有の問題がすべからく解消されることで、男保連という団体が存在意義を失って解散することを目標にしています。

― 慎介さんは「板橋区社会福祉士会」の役員もされていますね。

 社会福祉士の資格は2004年に取得しました。当時私は保育園の事務職として働いていました。正直に言いますが、社会福祉士の業務にはもちろん、社会福祉そのものに興味や関心があったからではありません。年齢でもキャリアでも劣る自分が、少しでも職場で発言権を得るために、つまりは職場でのポジションを確立することが動機として強くありました。資格取得のために学ぶというドライな学び方だったように思います。

 そうしたことから、社会福祉とは何か、福祉従事者に求められるものは何かなどについてロマンを語るというよりは、ルールやマナーとして身につけることになったと思います。「自分がやりたいと思ってやっているわけではない」ということは否定的に捉えられやすいですが、学びにおけるドライさは、原理原則や職業倫理によって物事を判断することができるという意味で、経営者・管理職である自分の強みになっている。そのように捉えています。

 特に保育現場は「バイステックの7原則」(註)が軽視されやすいと見ています。私が社会福祉士であることで、「認可保育所=児童福祉施設」という原理原則が揺らがないということは当園の大きな特徴になっていると自負しているところです。


*フェリックス・P・バイステックが著書『ケースワークの原則』(1957年)で記したケースワークの原則

個別化の原則(クライエントを個人としてとらえる)

意図的な感情表現の原則(クライエントの感情表現を大切にする)

統制された情緒的関与の原則(援助者は自分の感情を自覚して調整する)

受容の原則(クライエントをありのままに受けとめ批判をしない)

非審判的態度の原則(クライエントを一方的に非難しない)

利用者の自己決定の原則(クライエントの意思に基づく自己決定を促して尊重する)

秘密保持の原則(秘密を保持して信頼感を醸成する)

コロナ禍のなかの保育現場


― このコロナ禍で保育園も様々に戸惑いがありました。慎介さんは以前からツイッターで積極的に発信をされています。特にこのコロナ禍の保育園についての発信は、注目を集めました。

 Twitterなどでの発信(@wakatakekanaeは、当園の理念に明記されている「保育制度の発展、保育の専門性の向上のために尽力する。」に従って、職務として行っているんですよ。 ― そうなんですか! 当事者として責任を持って、保育の価値や実際を社会のなかで発信することは大事なことですね。さて、コロナ禍での保育についてはどうでしたか。国や板橋区の方針についてはどんなものだったのでしょうか。

 4月8日から5月25日までの緊急事態宣言中については、「保育の提供を縮小して実施することを検討する。この場合には、感染の防止のため、仕事を休んで家にいることが可能な保護者に対して、市区町村の要請に基づき、園児の登園を控えるようお願いすることなどが考えられる。その際にも、必要な者に保育が提供されないということがないよう、市区町村において十分に検討いただきたい」、「医療従事者や社会の機能を維持するために就業を継続することが必要な者、ひとり親家庭などで仕事を休むことが困難な者の子ども等の保育が必要な場合に、保育が提供されないということがないようにする」、「テレワークで在宅勤務をしている場合は、仕事を休んで家にいることが可能な保護者には該当しない」といった国の方針があり、東京都も板橋区もそれに準じていました。児童福祉施設として適切な方針であったと思います。

 しかしながら、原則休園として医療従事者のみを対象にする自治体があったり、在宅勤務の家庭の登園を拒む施設もあったり、認可保育所が児童福祉施設としての役割を果たそうとしない事例が少なからずありました。また、「休園にならないと仕事が休めない」という雇用問題を理由に一斉休園を求める保護者もいたり、自分たちが休めないからと登園を続ける家庭を非難する保育士もいたり、緊急事態とは言え、これほどまでに利己的な言動が溢れるものかと暗澹たる思いもありました。

― 保育の現場の最前線で指揮する園長としては、どのような方針をだされましたか。

 「保育を必要とする家庭には保育所保育を提供する」ということを前提として、感染症の拡大を予防するために登園の自粛を要請しました。感染リスクなども伝えた上で、保育を必要とするかどうかは各家庭の判断に委ねました。

 どのような事態であれ保育所を利用することに後ろめたさを感じさせるようなことがあってはならないと十分な保育体制を用意すること、自粛された家庭に対してもWEBツールなどを活用しながら保育所としての役割を果たすことを心掛けました。

 職員に対しては、登園児童が2~3割に減ったことで出勤職員を4割程度まで減らして感染リスクを軽減することができましたし、低学年以下の子どもを持つ職員は特別休暇で在宅育児ができるようにしました。また、出勤した職員には独自の臨時手当を支給したことで、不安感や緊張感に報いることもできたと思います。確かに注目はされましたが、国や自治体の方針にも沿っていますので当園独自の方針ということではありませんし、「利用者本位」「自己決定」という社会福祉の基本に従って考えたらそうなったというだけのことと思っています。


◆◆ インタビューを終えて◆◆◆

 「認可保育施設における午睡中の死亡事例に関する検証報告書」には、「事故当日の本施設の保育士配置については、都の認可基準上の保育士配置は満たしており、出席児童数に対しても基準以上の保育従事者が保育に従事していたが、区が認可保育所設置・運営事業者を公募する際の条件である保育士配置基準については、満たしていない状況であった」とあり、正直、ゾッとしました。


 しかし、自治体間でも保育士獲得競争が激しく、全体としての保育士不足も深刻です。保育士の待遇改善は自治体だけでは限界もあります。国へのより一層の働きかけも大事だと思います。制度としての保育を充実させていく取り組みを地域から粘り強く続けていくためにも、慎介さんのある種のドライさや割り切り方は魅力的で、それが形骸化しないのは職業倫理に裏打ちされているからだと思いました。


(聞き手 矢部ふみ子・和田 悠)



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