町並みをつくることは誰の作業か
自分たちの町並みは誰が創り、守っていくべきものなのでしょうか。そしてまちは誰のものなのでしようか。
ポスト高度成長期にいる私たちはこの基本的な問いに答えられずにいます。因習から自由に生きる大都市に住む人ほど、経済総力戦体制に慣れ親しんで、まちづくりの制御の主権に関して誰かのものとして考える癖がつきすぎてきました。
まちづくりを、生産・消費・廃棄という日々の生活サイクルをする場・自分の生活圏を再設定する作業として取り戻していくことは、大都市の住民こそ問われていると思います。今回の区の提案を前向きに捉えることはその第一歩だと思います。大いに意見をしてよりよいものにしていくことが必要です。
不動産は商品として、憲法で定める財産権が、公共性をかえりみず所有者に青天井の権利を与えています。用途規制と日照権などのわずかの規制しかないなかで、小規模の不動産開発(乱開発)や、地域住民の生活感覚と遊離した大規模開発(再開発事業など)が強行されて、生活空間に影響を受ける人々は黙らせられてきたのだと思います。再評価されている江戸のような立派な町並みづくりが、民主主義社会でできない、という逆説が起きてしまっています。それなのに、地元愛を、地域愛として、公共に愛を投げ出すことだけを求められてきたのではないかと思います。
町並みに必要な規制をつくるツール
全国を見渡すと、そのなかでも、まちづくりを地域の手に取り戻そうと、公共性を重視するまちづくりが始まっています。文学的・歴史的な町並みのあるべき状態をランゲージとして規制している湯河原町の例や、川越市や小川町、九州の小都市の城下町などのような建物への形状の規制を入れ、まちの価値を地域の大半の人が共有して取り戻している事例も増えています。これらの町並みの保護で、最も強力な制度として使われているのが、都市計画法の地区計画という規制です。建物の色や高さのみならず、形状やときには文学的な表現の規制も可能にしています。
一方、その導入には財産権を乗り越えるために、幅広い関係者の合意が必要ですが、その合意を取る仕組みづくりが難しく、問題が起きてからでは自治体職員個人が損害賠償を請求されるリスクがあるのでできません。土地の所有者、利用者、地域住民の大半の合意を、問題も起きてない時から合意形成する、という作業は、民度、政治力などかなり高度な能力が求められます。
今回、そのための話し合いの場を作ることを制度化しようという提案なので、この条例づくりを前向きに捉えて活用していくことが大事だと思います。
2011年ワイドショーを賑わせた朝霞市の基地跡地の公務員宿舎建設問題の中止と、賛成派と反対派の対立の克服は時間がかかりました。その過程のなかで大事だったのは、自分たちのまちで何をしたいか、どうしたいか、どうやって生き、どうやって人生を振り返りたいか、そういったイマジネーションを膨らませることでした。木を切れ/切るなというわかりやすい対立ではなくて、この木のある場所で市民はどうしたいのだろうか、とグループで考えることが対立の克服でした。
課題1.協議会の独占性と開放性
ただ、今回の提案を見せていただいて気になることがありました。
まちづくり協議会が誰によって構成されるのかが不明確です。誰でもよいのか。逆に、参加しなければならないとされる人を位置づけておかなくてよいのか。公共性に関わる判断なので定義が必要です。
想定されている3パターンの協議会はそれぞれどの程度の独占性・代表性があるのかの定義も重要です。公共的な意思を強く持ちたければ独占性が重要ですが、一方では、市民の素朴なまちづくりへの希望を手作りでスタートさせるなら、独占性を犠牲にしてもテーブルを作りやすくすることが大事です。その定義を究明して市民に制御しやすい協議会のあり方を調整する必要があります。
課題2.周辺の市民社会ルールの整備
議論の仕方や情報提供の公正さや開放性の担保も必要です。市民参加や情報公開の周辺制度の整備もどうなっているのかが重要です。土地利用という金銭補償にからむことなので、情報公開になじまない微妙な問題もありますが、地域のまちづくりのルールを作る上では専門的な情報、制度の助言などを行政が公開原則をもってステークホルダーに提示できるかが重要です。あわせて、住民の側の提供された情報を咀嚼して、制度の議論ができる体制づくりも必要です。
課題3.市民の代表としての意思決定
地区計画や土地利用自主ルールを運用するにあたって、行政職員のトップである区長の承認事項だけになっていますが、区民の代表機関である議会の関与も大事です。都市計画法は自治体議会を軽視していますし、23区の場合、都市計画の権限が都にあるのか区にあるのかわかりにくい面もあります。しかし基本である地方自治法では、市民の権利の制限に関することは、議会で承認することが原則として想定されています。
そうしたことが究明され、市民の懸念をできるだけ払拭すれば、良い制度として動かし始めることができるのではないかと思います。
埼玉県の一般市はお金がありません。民間開発に行政が財力で対抗することはほとんどできない状態です。そのなかで、投機としての商品として土地の価値が東京一極集中の余波で高まるばかりで、分譲マンションの乱開発が一向に止まりません。こうした協議会の設置を行政が提案されたことはうらやましくもあります。
親しみを感じる板橋区が、このような条例案を提案していることに大きな期待をしています。埼玉県南部の自治体にもこの事例が参考にできたらと思うので、板橋区民のみなさまのこの条例に前向きに、そして市民が制御できるまちづくりにしていくための取り組みに期待をしています。
黒川滋(くろかわ・しげる、埼玉県朝霞市議会議員)
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