ドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を視聴してのきれぎれの感想
この映画を見て三週間がたったが、ずっともやもやし続けている。多くの人に見てほしいけど、ここが見どころなどと簡単には説明できない映画だった。モヤモヤする。すっきりしない。今の日本が抱える問題の多くがここにも表れている気がした。
私が国会議員の小川淳也氏を知ったのは、素晴らしい国会答弁を見たときだ。分かりやすく本質を突いた答弁で、こんな人がいたのかと思った。だから、彼についての映画があることを知り、是非見に行こうと思った。
この映画は小川淳也氏が議員になることを決めた初めの選挙から今までの様子を映像にしたものだ。彼はまだ議員として何かを達成したわけではないし、まだ道半ばだから結論があるわけでもないから感想がクリアでないのは当たり前と言えばあたりまえだということで、感想もまとまりがないが、印象的だったシーンをいくつかあげる。
◆彼の親が、政治家に向いていないのではないかと思ったことがあるというシーン 彼は、国民のことを考える気持ちでは誰にも負けないが、政治的な人間関係や力関係においうまく立ち回れない。このうまく立ち回れないという点で、政治家には向かないのではないかと思ったというシーンだ。
では、国民はどのような人に議員になってほしいのかというと、要領よく立ち回れる人ではなく、国民のことを考え、より良い国にしようとする政治家だろう。こんなことは誰にでもわかるのだが、こういう人に政治家は向かないのではと、ほんの少しでも考えてしまうなんて、政治の仕組みの方がおかしいのだ。じゃあ、なぜこんな仕組みになっているの?どうしたら改善されるの?選挙の仕組み、これでいいの?など様々な「?」が頭の中を巡った。
◆小池百合子氏の希望の党が立ち上がった時の苦悩 私は民主党の一部が希望の党に移った時、正直にいって彼らに批判的な感情を抱いた。信念はないのかと。でも彼の苦悩を見ていて彼らも苦渋の選択だったのだと少し理解した(それでもはやり、あれはなかったと思っている)。
希望の党に入ることを決めたのは、今までお世話になっていた同じ香川出身の先輩議員への恩と、無所属で出馬した場合当選できる確率はかなり低くなるという点の二つ。それら二つの要因、と自分の信念を天秤にかけた結果だ。信念がいくらあっても、議員になれなければ何もできない。信念はなくなるわけではないから、今は恩と当選を優先したのだろう。おそらくその判断は政治家としては正しかったのだろうけど、確実に彼の中の何かを損なったのではないかと思う。当選してからの後味の悪さを感じている姿を見るとうーんとうなってしまった。
しかし、希望の党に移った彼を誰も責められないだろう。責めるべきは政治の仕組みだ。じゃあ、どのようにしたら良かったのだろうか。やはり私には分からない。せめて苦しい選択をしながら国民のための政治を本当にやろうとしている彼を応援したいと思うが、その場合どのようにしたら良いのだろう。自分の選挙区でなければ投票もできない。
◆選挙と家族 小さな子こどもを祖母に預けて、選挙活動を手伝う妻の様子。選挙に出ることになれば家族に大きな影響を及ぼす。今は一緒に選挙活動をするべきだろうが、「小さな子どもの今だって大切」そういう思いを抱えながら、ずっと支えてきた。子どもも大きくなり、今度は子どもも選挙を手伝うようになる。ここまで家族に影響を及ぼす仕事を私は見たことがない。これが正しい選挙活動なのか。非常に疑問だ。
◆住んでいる家 自宅が映像に映るシーンがある。家庭での食事の風景も。家賃がいくらかなんて話もあった。下世話な感想だが、さすがにここまで庶民的な人だとは思わなかった。本当に普通の生活している人だ。並外れた能力と情熱を持っているけど普通の生活をしている人。月並みだが本当に驚いた。普通の生活をしている人の意見が反映される政治がいいよなと思う。
◆ジャーナリストとの関係性 テレビによく登場するジャーナリストと話をするシーンが2回ほど出てくる。ここは、本当に感想は書けない。私はこのシーンが恐ろしかった。気味が悪いといってもいい。映画を見て雰囲気を是非感じてほしい。彼らが話し言葉だけを取り出したら親しそうにみえるかもしれないが、映像には空気感が表れている。 最後に。以前、山岸俊夫氏の『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』という本を読んだ。今の日本に広がる様々な「なぜ?」に当てはめるとなるほどと思う要素がたくさん書かれている。私は映画を見てこの本を思い出した。
この本の中で、ジェイン・ジェイコブズ氏の『市場の倫理 統治の倫理』の一節を引用している部分がある。映画の感想とは関係なさそうだが、書かないと私が感じたことが書けないので、引用する。
【市場の倫理】(商人道とも言える)
暴力を締め出せ
自発的に合意せよ
正直たれ
他人や外国人とも気やすく協力せよ
競争せよ
契約尊守
創意工夫の発揮
新奇・発明を取り入れよ
効率を高めよ
快適と便利さの向上
目的のために異説を唱えよ
生産的目的に投資せよ
勤勉たれ
倹約たれ
楽観せよ
【統治の倫理】(武士道とも言える)
取引を避けよ
勇敢であれ
規律尊守
伝統堅持
位階尊重
忠実たれ
復讐せよ
目的のためには欺け
余暇を豊かに使え
見栄を張れ
気前よく施せ
排他的であれ
剛毅たれ
運命甘受
名誉を尊べ
これらの倫理は対立するものであるが、それぞれは確立されている。しかし、二つのモラルを混ぜると混乱を社会にもたらし、最終的には「何をやっても構わない」という救い難い腐敗をもたらすとのこと。
この映画の中で、小川氏は市場の倫理である「正直たれ」として生きている。しかし、政治の世界では「目的のためには欺け」を実践しなければならない。そして希望の党からの出馬では、先輩議員へ「忠実たれ」を実践する。小川氏自身は市場の倫理の中で生きているので、政治世界の統治の倫理と対立し、更に自分の中にある統治の倫理とも対立することになる。だから苦しいのだろう。
しかし、これは誰の中にでも起きている対立だ。おそらく日本人の多くは職場では統治の倫理を、プライベートでは市場の倫理に従っているのかもしれない。場によって使い分けが出来ればまだ混乱の度合いも低いだろうが、同じ場でこれらの倫理観の混在は混乱招き、自分の信念とは何かと疑うような気持が生まれてくるだろう。
政治とはどのような倫理で行われるべきなのだろう。日本人の倫理感はどのようなものであれば幸福につながるのか。考えさせられる映画だった。
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